肉の煮込みといえば赤ワイン。そう思っている方が多いと思います。ブフ・ブルギニョンも、コック・オ・ヴァンも、赤ワインで煮込みます。
でもフランス料理には、「ビールで肉を煮る」という一派があります。
ワインが穫れない土地の答え
フランス北部からベルギーにかけての地域を、フランドルと呼びます。地図で見るとパリよりずっと北で、ぶどうが育ちにくい土地です。
ワインが穫れないなら、何で煮るか。その答えがビールでした。
カルボナード・フラマンド(Carbonnade flamande)。牛肉と玉ねぎをビールで煮込んだ、フランドル地方の郷土料理です。赤ワイン煮込みに比べて軽やかで、麦芽の甘みと苦みが肉の脂を受け止めます。
ビール選びで、味はほぼ決まります
この料理で一番大事なのは、どのビールを使うかです。
向いているのは、ベルギーのブラウンエールやアンバーエール。色が濃く、麦芽の甘みとカラメルの香りを持ったタイプです。煮詰めると、その甘みがソースのコクに変わります。
逆に避けたほうがいいのが、IPAとピルスナーです。IPAはホップの苦みが強すぎて、煮詰めると渋みだけが残ります。ピルスナーは軽すぎて、煮込んでも何も残りません。
「ビールで煮る」と聞いて冷蔵庫にある缶ビールを使うと、たいてい失敗します。この料理は、ビールの個性をそのままソースにする料理だからです。
お菓子を煮汁に沈める
カルボナード・フラマンドには、他の煮込みにはない工程があります。
パン・デピスにマスタードを塗って、煮汁に沈める。
パン・デピスは、ハチミツとスパイス(シナモン、アニス、ジンジャー、クローブ)で作るフランスの焼き菓子です。クリスマスの定番でもあります。
これを煮汁に入れると、溶けながら2つの仕事をします。ひとつは、パンがとろみをつけること。小麦粉でつなぐよりも自然な、ねっとりとした質感になります。もうひとつは、スパイスの香りが煮汁に移ること。
肉の煮込みから、焼き菓子の香りがする。はじめて食べたとき、これがフランドルの冬の香りなのかと思いました。
甘みと酸味で立体にする
ビールの苦み、カソナード(赤砂糖)の甘み、ヴィネガーの酸味。この3つで味を組み立てます。
赤ワイン煮込みが「深さ」で勝負する料理だとすると、カルボナードは「幅」の料理です。苦い・甘い・酸っぱいが同時に来るので、重たい料理なのに後を引きます。
ただしビールの銘柄によっては、もともと甘いものがあります。レシピ通りに砂糖を入れると甘ったるくなるので、必ず味を見てから加えてください。
牛ほほ肉という部位
カルボナードには、肩肉やすね肉が使われることが多いのですが、私は牛ほほ肉を選びます。
ほほ肉は、牛が一生噛み続けた筋肉です。筋繊維が細かく、コラーゲンが多い。生のままでは固くて食べられませんが、低温で長く煮ると、そのコラーゲンがゼラチンに変わって、ナイフがいらないほど柔らかくなります。
そして煮汁にゼラチンが溶け出すので、ソースに自然なとろみがつきます。パン・デピスと合わせて、二重にとろみが出る。これがこの料理の口当たりを作っています。
前日に煮て、一度冷ます
煮込みは、煮上がった直後より、一度冷ましてから温め直したほうが美味しくなります。
冷めていく過程で、煮汁が肉の中に戻っていくからです。煮ている間は肉から出ていく一方ですが、温度が下がると逆の方向に動きます。
前日に煮て、冷蔵庫でひと晩。翌日温め直す。手間が増えるように見えて、実は当日の仕事が減ります。
12月、この料理を出します
12月のクリスマス営業で、この牛ほほ肉のビール煮込みをメインにします。
使うのは、ベルギーのクリスマスビール。12月だけ流通する、スパイスとダークフルーツの香りを持ったビールです。パン・デピスのスパイスと重なって、肉からクリスマスの香りがするはずです。
詳細は改めてご案内します。

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